クリスチャンは神に頼って仕事する。

今日は。rieruです。

今日はヨハネによる福音書21章について考えたい。この章は一見すると不思議な事が書かれている。十字架の死から復活したキリストと出会った弟子達が漁に出る。しかし全く魚が取れない。しかし、キリストがそこに来て、キリストが網を下ろす位置を指定すると魚が獲れる。この記事はなぜ存在するのかという事は一見する分かりにくいが、rieru的には「救われたクリスチャンが神に信頼すべき事」を教えているように思う。

まず、20章の復活のキリストと出会う事は今日のクリスチャンで言えば救い主なるキリストを見出して受け入れる信仰の事である。21章は信仰を持ってこの世を歩むクリスチャンの生き方について教えていると理解するべきである。その中の一つとして「仕事に対する姿勢」がある。漁というのは仕事である。漁をしに行く弟子達には「自らの力で生活の糧を得る」という思考が見える。そこに「神に頼る」という要素はなかった。だから、その事を戒めるために特別に神は弟子達に不漁という試練を与えた。それをキリストが解決する事で、仕事についても神の力に頼る事が必要である事を教えるためである。

クリスチャンは自らが力のないもので、神の助けなしに何も成し遂げる事はできないという認識をする事は大事である。仕事に置いて社会的責任を果たす事はクリスチャンにとっても大事だが、それもクリスチャン自らの力で成し遂げるものではなく、神の助けが必要である。また、それに頼り神の助けを祈りによって願う事も必要である。それを象徴的に教えるのがヨハネの21章である。

ただし、これはクリスチャンの努力がなくて良いというわけではない。下記にあるように、聖書は人の責任として怠惰である事を厳しく戒めている。神の助けがあるから何もしないではなく、自らのできる限りの全てをして神の助けを待つ。これがクリスチャンとして正しい姿勢であり、勘違いしてはいけないポイントである。

「兄弟たちよ。主イエス・キリストの名によってあなたがたに命じる。怠惰な生活をして、わたしたちから受けた言伝えに従わないすべての兄弟たちから、遠ざかりなさい。」
‭‭テサロニケ人への第二の手紙‬ ‭3:6‬ ‭口語訳‬‬
https://www.bible.com/1820/2th.3.6.口語訳

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