わたしたちの心を見分ける神

今晩は。rieruです。

自分の心が全て分かる方がいるとしたら、私たちは恥ずかしくて生きていけないのではないだろうか。この事に同意される方は多いと思う。人には言えないような邪悪な思いを抱いた直後に「これはダメだ」と立ち止まる。誰しもがそんな経験がある。しかなしならが、それは誰にもみられることがないので問題にはならない。しかし、聖書は以下のように語っている。

‘かえって、わたしたちは神の信任を受けて福音を託されたので、人間に喜ばれるためではなく、わたしたちの心を見分ける神に喜ばれるように、福音を語るのである。 ‘

テサロニケ人への第一の手紙 2:4

https://www.bible.com/ja/bible/1820/1TH.2.4

「わたしたちの心を見分ける神」という言葉に注目して欲しい。これは、先に述べた他人には隠れている邪悪な思いというものもすべて神の前には明らかであるということ示している。そして、その神に知られている邪悪な思いとは「罪」であり、その罪の刈り取りをしなくてはならないというのが聖書の示すところである。その罪の刈り取りとは「永遠に燃える火の池に投げ込まれる」ということである。

この罪という問題を解決するために聖書は「福音を語っている」この福音の中身については是非以下のYouTube動画をご覧いただきたい。

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